東京高等裁判所 昭和30年(ラ)485号 決定 1955年12月26日
抗告人 保全経済会こと伊藤斗福 破産管財人 長瀬秀吉 外四名
主文
本件抗告を棄却する。
理由
第一、抗告の理由、別紙記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断。次のとおりである。
(一) 抗告理由第一点について。
破産法第七十条及び第一条によれば、破産債権につき破産財団に属する財産に対してなした強制執行は、破産財団に対する関係においては、破産宣告があるとその確定を俟つことなく当然に無効となるものであること抗告人等所論(第一点の一及び二のうち)のとおりであるが、法律上当然無効となるものについては、別段当事者において何等かの意思表示その他の行為をなすを要するものでもなく、また裁判所においてこれが取消決定をなすことも要しないのを原則とするのであつて、特に法律で裁判所の無効宣告を要することでも規定していない限り、当然無効となるものについて裁判所が取消すという裁判をなすこと自体が無用であり、むしろ裁判所はこれをなし得ないものというべきである。原決定中にある「強制執行は当然その進行を停止せらるべきものであると解する。」という字句をとらえて抗告理由の一つ(第一点の二)としているが、その用い方に十分適切でない点があるとはいえ、前後の論旨文脈からみれば、決して民事訴訟法第六百八十条第三項または同法第五百五十条等にいう強制執行の停止と同様に解したのでないことは察知できるところであり、且つ原決定全体からみて、右の点のみが理由となつて本件申請が却下せられたのではないから右の点は原決定の瑕疵と認めるを得ない。
なお破産法第七十条に「効力を失う」とあるのは、如何なる関係においても絶対的に無効となるというのではなく、単に破産管財人の換価行為の障害となることを避けるため、同条に示すとおり破産財団に対する関係においてのみ無効となる相対的のものであつて、強制執行の目的となつている財産(本件の場合は不動産)が破産財団に属している限り、どこまでも法律上当然の無効であることには相違なく、その財産の管理処分権を有する破産管財人が、従前の差押を無視してこれを換価するため売却することのできるのは当然であるが、後に破産が解止となり(あえて取消の場合ばかりではない、破産宣告確定後における破産廃止の場合、強制和議成立による破産終結の場合を含む)、破産財団が消滅するに至つた場合にも、依然右の財産が売却等によつて他に移転することなく、破産者の所有に残つていたときには、破産宣告によつて相対的に無効となつた強制執行は当然に回復すべきものであり、また破産解止とならなくても、破産管財人が右財産を換価するため、任意売却の方法(破産法第百九十七条第一号参照)によらず、強制売却の方法(破産法第二百二条参照)によらんとする場合には、破産宣告によつて一応は相対的に無効となつた強制執行を回復せしめてこれを続行してゆくことができるのであり(破産法第七十条第一項但書)、これらのことから考えても、すでに開始している競売手続の取消決定をすべきではないと解すべきである。なお破産宣告のあつたことは、民事訴訟法第六百九十条にいう「競売申立が競落を許すことなくして完結したとき」に該当するものではなく、従つて破産財団に属するに至つた不動産の登記に、破産宣告前、民事訴訟法第六百五十一条による競売申立登記の記入があつても、これが抹消登記の嘱託をすべきでないことを附言する。
抗告理由第一点の一には、破産管財人において本件強制執行取消申請をしている位であるから、その強制執行手続を続行しないことは言を俟たぬところであるとあるが、破産管財人において一旦は任意売却の意図を有しても、後に強制売却の手続に出ることは少しも差支ないところであつて、これは別段前示論拠をくつがえして、従前の強制競売を取消さねばならぬ理由とはならない。また抗告理由第一点の三で、破産宣告はすでに確定していて取消される余地のないことを一論拠としているが、破産宣告の確定不確定を問わず、前示結論に変りのないことは前述のとおりである。
(二) 抗告理由第二点について。
破産宣告決定が確定したと否とを問わず、破産管財人が強制執行手続を続行する意図がないと否とを問わず、前示論拠に基ずく結論に変りのないことは前段説示のとおりであり、なお強制競売の目的物たる不動産が破産管財人により換価処分せられれば、もはや破産終結後でも強制執行の復活する余地のないこと寔に所論のとおりであるけれども、民事訴訟法第六百五十一条による記入登記は、このときに始めて同法第六百九十条によりその抹消登記の嘱託がなされるものと解すべく、強制執行の復活する余地がない場合の起り得ることを前提として、競売開始手続を取消し、これに基ずき任意売却前にその申立記入登記の抹消をすべきであるという如きは、理由がない。
(三) 抗告理由第三点について。
破産宣告があれば、破産財団に属するに至つた不動産に競売申立の登記の記入があつても、破産管財人はこれを無視して該不動産を売却し得べきこと、前述したとおりであつて、これは売却につき少しも法律上の障害となるものではなく、また不動産が破産財団に属するに至れば、裁判所はこれを知れば必ず当該不動産に破産の登記をすべきことを嘱託するのであるから(破産法第百二十条後段)、買受希望者も登記簿をみれば破産宣告があつたので当該不動産に対する競売開始は無効になつたことを明白に知り得べく、仮りに破産の登記がなくても、破産管財人が売却人であるという一事がすでに、破産宣告のあつたことを明かに物語つているわけで、なるほど法律智識に乏しい買受希望者に懸念を生ぜしめて破産管財人の売却事務が円滑に進行せざるおそれが、あるかも知れぬが、それは所謂法律の不知による不便だけのことであつて、それ故に前段説示した裁判所としてはなし得ざる決定が求められるという如さ理論は、採用の余地がない。
然らば抗告人等の本件申請を却下した原決定は相当であつて本件抗告はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 内海十楼)
抗告の理由
第一点原決定は抗告人の本件破産財団に対し為したる強制執行は破産法第七〇条によりその効力を失つたものであるからその強制競売は取消すべきものであるとの主張に対し「破産法第七〇条にいわゆる強制執行は破産財団に対して効力を失うとは、強制執行の存在が破産管財人の管理及び処分の障害となるため、たとえ強制執行がなされておつても、破産管財人の管理及び処分に必要な限度に於てその権利の行使を妨げないとともに、強制執行は当然その進行を停止せらるべきものであると解するを相当とする」と判示し、この見解を前提として破産法第七〇条を解釈し抗告人の申請を却下した。併しながら原決定は左の理由で違法であり取消さるべきである。
一、破産法第七〇条によると「破産債権に付破産財団に属する財産に対し為したる強制執行、仮差押又は仮処分は破産財団に対してはその効力を失う、但し強制執行に付ては破産管財人に於て破産財団の為其の手続を続行することを妨げず」とあり、破産宣告があるときは破産管財人が強制執行の手続を続行するときは格別、然らざる限りその効力を失うことは極めて明瞭である。而して本件の場合は破産管財人が強制執行の取消申請をしたものであるから破産管財人がその手続を続行しないことは言を俟たないところであるから当然強制執行はその効力を失つたものとして取消さるべきである。
二、判示によると「破産財団に対し効力を失うとは強制執行の存在が破産管財人の管理及び処分の障害となるためたとえ強制執行がなされておつても破産管財人の管理及び処分に必要な限度に於てその権利の行使を妨げないとともに強制執行は当然その進行を停止せらるべきものである」と解して居るが、破産法第七〇条の文理解釈上かかる見解を容れる余地がないのは勿論、破産財団に対しては強制執行の効力を失うとは効力が無くなること即ち無効を表現するものであるから破産管財人からその無効を理由として取消を申請したときは取消すべきものである。殊に判示のように強制執行が当然その進行を停止するが如き解釈に至つては首肯するに苦しむ。何となれば強制執行の停止は民事訴訟法第六八〇条により不動産の競落許可決定に対し即時抗告があつた場合を除いては同第五五〇条の理由のある場合に限定せられて居るのであるから破産法第七〇条の強制執行は破産財団に対して効力を失う旨の規定を以て強制執行の進行停止の趣旨に解することは規定の文理及び民事訴訟法全体の精神に照し曲解も甚しいものと云はざるを得ない。
三、又判示は「例えば破産の取消決定が確定した場合に破産財団に対して失効していた強制競売の手続の効力が当然復活して更に競売手続が続行せられるに至ることを合理的に説明し得ると言うべきである」と説明せられて居るが、仮りに破産宣告が確定しない場合は或は抗告審で取消されることを懸念して判示の如く解釈することが規定の趣旨には反するが取扱上は便宜の場合もあり得るも本件の場合は疏第一号証により明かなように本件取消申立前である昭和二十九年七月二十日破産宣告決定は確定して居るものであるから判示のような懸念はないから取消さるべきものである。
第二点原決定は「単に破産宣告があつたという一事によつては当然に不動産強制競売は消滅するものではないから、直ちにこれを取消し、その申立記入の登記を抹消することは許されないものと言はなければならない」と判示した。併し本件破産宣告の決定は本取消申請前である昭和二十九年七月二十日既に確定して居る(疏第一号証)ことは前述のとおりであるから右破産宣告決定が取消される余地はなく、従つて破産債権も破産前の如く権利の行使ができないので強制執行を復活する余地も存在しないものといわなければならない。破産管財人は破産法第七〇条第一項但書の規定により破産財団の為、強制競売の手続を続行することを妨げないのであるが本件不動産については任意売却する方針であり右手続を続行する意思はないのである。仮りに強制和議が成立しても(本件では未だ申立がない)破産債権者はその和議条件の範囲で弁済を受け得るに過ぎず、又破産終結後に於ては強制競売の目的物である本件不動産は換価処分せられて存在しないのであるから強制執行は最早復活する余地は全くない。すると破産宣告決定の確定と同時にその破産財団に属する財産に対する強制競売手続開始決定は消滅するものであると解するを相当とするからこれを取消し、その申立記入の登記を抹消しなければならないのである。(民事訴訟法第六九〇条御参照)されば「単に破産宣告があつたという一事によつては当然に不動産強制競売は消滅しない。」となした原判決は破産宣告決定の確定した事実を無視し審理不尽の違法がある。
第三点原決定は「破産財団所属の不動産に対する強制競売につき、その申立記入の登記の存在は破産管財人の職務の遂行に何等の支障を来たすものではない。」と判示した。併し斯かる登記の存在は、破産管財人が破産管財事務の執行として本件不動産を任意売却するに当つて一般社会の取引通念上、買受希望者が懸念し事実上処分できない状態に陥り又は処分を困難ならしめるものであつて斯る状態は破産管財人の円滑なる職務の遂行を妨げるものであり且つ破産法の全規定の趣旨にも反するものであるから原決定は不当である。